言挙げとアファメーション

  • 2014.01.28 Tuesday
  • 13:25
最近頭のなかを『言挙げ』という言葉がぐるぐるしています。


ちょっとメモがわりに書いておきます。


言挙げ(Wikipediaより)

『古事記』の中巻には伊吹山の神を討ち取りに出かけたヤマトタケルが白猪に遭い、「これは神の使者であろう。今殺さず帰る時に殺そう」と「言挙げ」する場面がある。この際の用例が現存最古のものとされる。またこのヤマトタケルによる言挙げがその慢心によるものであったため、神の祟りによって殺されてしまった。このため、自分の意志をはっきりと声に出して言うことを「言挙げ」と言い、それが自分の慢心によるものであった場合には悪い結果がもたらされる(「言霊」の項より引用)と解釈されている


日本人にはこの精神があり、『言挙げしないこと』が気質にあるようです。

曖昧さ、はっきりYESかNOか返事しない。流れに沿って、あるがままに。
それはカムナガラという日本神道の精神。

では、最近よく耳にするアファメーションとは?

〜になりたい、〜でありますように、といった希望ではなく、〜になりました、〜です、と、いいきること
それは、言挙げと反対なのでは?
でも、引き寄せの方法として、よく使われますよね。



アファメーション

新しい時代(ニューエイジ)における特徴として「一元論」「汎神論」「自己聖化」「自己実現」などがある。

☆すべてでひとつである。
☆偶然というものはない。
☆弟子の準備が整ったとき、師匠は現れる。
☆しなければならないことというものはない。
☆善悪というものはない。
☆信じる必要はない。
☆努力はしなくてもよい。
☆与えたものが返ってくる。
☆すべてのものは聖なるものである。
☆人には無限の潜在能力が備わっており、☆自分で自分の現実を作る。
☆どんな現象も、自分がそれに与える以外の意味を持たない。(現実は中立である)
☆アファーメーション(確認する)

これも結構曖昧さがあるよね。

決めないでどんな現象も、どんな自分も
赦し、認めて、受け入れること


言(こと)は、行動・事に繋がる

自分で宣言したこと(言挙げ)は、自分の意志(魂の声)に叶っているか、そこにエゴはないか

宇宙の計らいを信じていれば、すべてが自分にとって必要なことだから、宣言しなくても宇宙の(神の)計らいを受け入れて委ねればいいのかもしれない。

思ったことをすぐ口にするのは、言うこと(宣言すること)で自分を認めてもらいたい、ほんとうは〜だよという気もちが無意識のなかに隠れているのかも。


アファメーションは潜在意識に繋がるポジティブなイメージ、かな


潜在意識にある、考え方の癖をアファメーションで意識してポジティブに変えている(リフレーミング)


一見、正反対なことに思えるけど、行動にうつすまえの、考え方の手法がアファメーションで、
アファメーションしたあと、心と言葉が一致していると確信するまでは、言挙げしてはいけない、

と私なりの解釈です。


最後まで読んでくださった、優しいあなた、ありがとうございます(*^^*)



コメント
コメントする








    

calendar

S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< June 2017 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

recommend

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM